マンダラ都市④ーシュリーランガム

こんばんは。somaです。 今回は、シュリーランガムをご紹介いたします。 圧巻の美しさです。 この都市は、マドゥライと同年代(紀元前数世紀)に成立した古代都市です。 今では人口約21万人の都市となっています。 南インドの中で際立って大規模なのが中心のランガナータ寺院であり、長方形の外壁は850mX750mにおよびます。この寺院は7重の壁(プラーカーラといいます)によって囲われており、外側の3重囲いの部分は周囲の街を取り込んだ居住地となっています。 このようにみてくると気になるのが、それぞれの囲いの内はどのように棲み分けられているのかということでしょう。 「アルタシャーストラ」では極めて理念的に4姓の棲み分けを謳っています。 今日のシュリーランガムにおいても、職業コミュニティ(ジャーティ、またはカースト)毎の棲み分けがみられるようです。大きくみると、北側のエリアにはブラーフマンが居住し、内側の領域には寺院関係者が居住していることははっきりしています。

マンダラ都市③ー都市のマンダラ図を歪ませるものとは!?

こんばんは。somaです。 本来であれば、同心円ならぬ同心正方周帯状の美しい形をしているのがマンダラ図。 さて、一体何がマドゥライの都市形状を変えてしまったのでしょう。これです。 「山車」です。 インドにおいける山車の巡行を伴う祭礼の歴史は紀元前にまで遡ることができるほど古いようです。 マンダラ都市での祭礼は、一年を一つのサイクルとして、「神々の神話を都市の中で再現する」という意味を担っています。 マドゥライで基になるのは、シヴァ(破壊と再生を司る神)とミーナクシー(ドラヴィダの女神・守護神)の神話です。 最も重要な祭礼は、ミーナクシ―の戴冠式とミーナクシーとシヴァ(スンダレーシュワラ)の結婚を祝うチッタレイ祭です。 実際、都市の中心の寺院はミーナクシ―寺院とスンダレーシュワラ寺院が隣り合っており、毎晩シヴァ神をミーナクシ―の部屋へ運ぶというセレモニーが行われています。   このチッタレイ際のときに最も大規模な山車の巡行が行われます。 巡行路は4つの同心方格状街路であり、祭礼によって異なります。 街路の形状をよく見ればわかりますが、巡行はは右回りに行われます。角が丸く、街路がふくらんでいます。大規模な山車の巡行を可能にするためだと考えられています。はじめは、厳格な幾何学で構成されていた都市が、時間とともに形を変えて行きました。   次回はスリランガムというマンダラ都市をご紹介致します。      

マンダラ都市②—マドゥライ

こんばんは!Somaです。 マドゥライとはこんな都市(以下写真)です。 初めてこの都市をみたときは冗談かと思いました笑 マンダラ図がそのまま都市になっています。 市の中心には、ミーナクシ―・スンダレーシュワラ寺院があります。 これは南インド最大の巡礼寺院で、1日平均1.5万人もの巡礼・観光客が訪れるようです。 前回お見せしたマンダラ図を転写したように都市が計画されていることは、一目みたらわかると思います。 非常に特徴的なのは、巨大な楼門(ゴープラといいます)です。 寺院を中心としてマンダラ図状に都市が計画されているため、街を歩いていると絶えず目に入ります。 このゴープラを近くから見ると細やかな彫刻に覆われていることがわかります。驚くべき数です。これはインドの宇宙観を描いています。この世にはこれだけの次元の世界があるんだ、と。   そして、何と言ってもこの都市の形に注目してみてください。 航空写真をみて四角形状に寺院の回りを走っている大街路が、角になると曲がっていることにお気づきでしょうか。 日本にも親しみある、”あれ”が理由だと考えられています。”あれ”とはなんでしょうか。     続きは次回!